落合陽一さんの『マタギドライヴ』を読んでみました。
……が、正直に言います。
めちゃくちゃ難しいです(笑)。
525ページの大作で、デジタルネイチャー、オントロジー、微分可能HCI、オブジェクト指向菩薩、AI+BI、AI+VC……。
次から次へと難しい言葉が出てきます。
「これは一体、何の話なんだ?」
となりながら読みました。
そこで今回は、難しい専門用語はいったん横に置いて、
「結局、『マタギドライヴ』って何を言っている本なの?」
というところを、自分なりにものすごく簡単にまとめてみます。
そもそも「マタギドライヴ」って何?
まず、ここが一番分かりにくい。
「マタギ」と聞くと、山に入ってクマなどを狩る狩猟民を想像します。
でも、この本でいう「マタギ」は、単純に昔の狩猟生活に戻ろうという意味ではありません。
むしろ、
AIやコンピューターが社会の中心になった未来で、人間がどう生きるのか。
その答えを考えるための「マタギ」という比喩です。
つまり、
「昔の生活に戻ろう」
ではありません。
最新のテクノロジーを使いながら、人間が自分で価値を見つけて生きていく。
これが「マタギドライヴ」の大きなイメージなのかなと思いました。
AIに仕事を奪われたら、人間はどうする?
この本の根本にある問題は、たぶんここです。
AIがどんどん進化すると、
「人間にしかできない仕事」
が少なくなっていきます。
文章を書く。
絵を描く。
プログラムを書く。
情報を分析する。
こうしたことまでAIができるようになっていく。
では、
人間は何をすればいいの?
という問題が出てきます。
そこで、
「AIと競争しよう!」
でもなく、
「昔の人間らしさを守ろう!」
でもない。
AIが当たり前になった世界を前提として、
その世界の中で、人間だからこそ見つけられる価値を探そう。
という方向に進んでいく。
それが「マタギドライヴ」なのだと思います。
「AIに負けない人間」ではなく「AIと違うことをする人間」
ここが個人的に面白いところでした。
AI時代になると、
「AIに仕事を奪われないように、人間もAIを使いこなそう」
という話が多くなります。
もちろん、それも大切です。
でも『マタギドライヴ』は、それだけではありません。
AIと同じ土俵で勝負するのではなく、
AIが得意ではないところ、人間が現場で感じること、偶然見つけること、地域や文化の中にある価値などを大切にする。
そんな方向性があります。
たとえば、
AIが世界中の情報を知っていたとしても、
「この土地だからこそ分かること」
「この人だから気づいたこと」
「実際に現場に行ったから分かったこと」
には、別の価値があります。
これが「マタギ」的な生き方なのかなと思いました。
「マタギ」は昔に戻ることではない
ここはかなり重要です。
この本では、
「AIが嫌だから昔の生活に戻ろう」
という話ではありません。
農業や工業、都市社会、インターネット、AI。
これまで人間が作ってきたものを否定するわけではない。
そのうえで、
今までの社会の中に、狩猟的な生き方を組み込んでいく。
だから「マタギ」という言葉が使われているのだと思います。
山で狩りをすることそのものではなく、
「自分で自然や環境を観察して、そこから価値を見つける」
という部分が重要なのではないでしょうか。
「狩猟」という考え方が面白い
農業は、
「ここに種をまいて、育てて、収穫する」
というように、ある程度計画できます。
一方、狩猟は、
「今日はどこに獲物がいるか分からない」
という世界です。
森に入って、
「何があるんだろう?」
と探す。
そして、偶然見つけたものを価値に変える。
この感覚が、AI時代の働き方にも似ているのではないかと思いました。
AIによって、決まった仕事はどんどん効率化される。
そうなると人間に残るのは、
「まだ誰も見つけていないものを探す」
という仕事なのかもしれません。
「デジタルネイチャー」って結局何?
これも本を読むうえで重要な言葉です。
ものすごく簡単に言えば、
デジタルが特別なものではなく、自然の一部のように当たり前になる世界
というイメージです。
昔はインターネットを使うこと自体が特別でした。
今ではスマホを持っているのが当たり前。
これからはAIも、
「AIを使っています」
とわざわざ意識しないくらい、生活の中に入ってくるかもしれません。
そうなると、
自然とデジタル。
人間と機械。
現実と仮想。
その境目がどんどん曖昧になっていく。
これが「デジタルネイチャー」の世界です。
じゃあ、人間は何になるの?
ここからが本書の本題なのだと思います。
AIが知識を持つ。
AIが計算する。
AIが文章を書く。
AIが画像を作る。
AIが人間の仕事をする。
それでも人間は消えません。
むしろ、
「人間とは何なのか?」
という問いが、今まで以上に重要になる。
仕事をするためだけに人間が存在するわけではない。
お金を稼ぐためだけでもない。
AIより優秀になるためでもない。
では何をするのか。
その答えを、
「それぞれの人が、それぞれの現実の中で価値を見つける」
という方向から考えている本なのかなと思いました。
「テクノ民藝」という考え方も面白い
個人的に好きだったのが、
「テクノ民藝」
という考え方です。
最新テクノロジーと、地域や職人、文化など昔からあるものを組み合わせる。
「最新技術だから都会」
「昔ながらだから田舎」
という二択ではない。
AIやデジタル技術を使って、
地域にしかないものを、新しい価値として発信する。
これなら地方にも面白い可能性があると思いました。
実はブログにもつながる
読んでいて、
「これってブログにも似ているな」
と思いました。
AIは大量の情報を整理できます。
記事の文章も作れます。
検索もできます。
では、人間がブログを書く意味はなくなるのか。
私はそうは思いません。
例えば、
「この本を読んだけど、難しすぎてよく分からなかった」
という体験。
これ自体はAIが本の情報をまとめるだけではなく、
「実際に読んで、自分がどう感じたのか」
という体験になります。
そして、
「難しかったけど、私はこう理解した」
という文章には、その人なりの価値があります。
そう考えると、ブログを書くことも小さな「マタギドライヴ」なのかもしれません。
投資にも少し似ている
投資をしていても、
「みんなが知っている会社」
だけを追いかけていると、すでに評価されているものを見ることになります。
一方で、
「まだあまり知られていないけど、これから価値が出るかもしれない」
というものを探す。
もちろん投資では失敗もあります。
でも、
「まだ価値が見つかっていないものを探す」
という意味では、狩猟的な考え方に少し似ている気がします。
結局、『マタギドライヴ』が言いたいこと
難しい言葉を全部取っ払ってしまうと、私なりにはこうなりました。
AIの時代になったからといって、人間がAIと同じことをする必要はない。
AIが社会の中心になっても、
・自分で現場を見る
・まだ知られていない価値を探す
・偶然を楽しむ
・地域や文化を大切にする
・自分なりの価値を作る
・AIを敵ではなく道具として使う
こういう生き方ができる。
それが「マタギドライヴ」なのではないかと思います。
525ページを読んで思ったこと
正直、全部理解できたとは言えません(笑)。
むしろ、
「難しい言葉が多すぎる!」
と思いながら読んでいました。
でも、何度か考えてみると、
「AIに人間の仕事を奪われたらどうする?」
という単純な話ではなく、
「AIが当たり前になった世界で、人間は何に価値を見つけて生きるのか?」
という本なのだと思えてきました。
昔のマタギに戻る話ではありません。
AIを拒絶する話でもありません。
AIに全部任せる話でもありません。
AIが存在する世界の中で、自分で獲物を探す。
この「獲物」はクマではなく、
「まだ誰も気づいていない価値」
なのだと思います。
そう考えると、タイトルの「マタギドライヴ」が少しだけ分かった気がしました。
まとめ
『マタギドライヴ』は、かなり難しい本です。
哲学、AI、テクノロジー、経済、社会、芸術など、いろいろな分野の話が出てくるので、正直一回読んだだけでは全部理解するのは難しいです。
でも、ものすごく簡単にまとめるなら、
「AIが自然になる未来でも、人間は自分で価値を探して生きていける」
という本なのではないでしょうか。
AI時代に必要なのは、
「AIより賢くなること」
だけではなく、
「AIが見つけられないものを、自分で見つけること」
なのかもしれません。
難しい本でしたが、読み終わって一番残ったのは、
「これからは、何を知っているかより、何を見つけられるかが大事になるのかもしれない」
という感覚でした。
525ページはなかなか大変でしたが(笑)、AI時代の「人間って何だろう?」を考えるきっかけにはなる一冊でした。










